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意外なシャーペンの歴史

シャープペンシルの歴史

シャーペンのご先祖様
「早川式繰出鉛筆」型のシャープペンとボールペン
(写真は2003年版復刻品)

現在2010年版復刻品発売中!
ボールペンタイプ
シャープペンタイプ

最近、鉛筆に替わってすっかり黒鉛使用の筆記用具の定番と化したシャープペンシル。シャーペンと呼ぶ人も多いですね。「シャープペン」より、「シャーペン」の方が、短くて語呂がいいからでしょうか。でも今日からは、是非シャーペンではなく、シャープペンと呼んで下さい!何故「シャー」ではなく「シャープ」と言うことにこだわるかは、ここに書いてある、日本のシャープペンの歴史を読んでみて頂ければ、お分かり頂けることと思います。
このシャープペン、カタカナの名前であることや、鉛筆や万年筆が海外で生まれたという先入観から、海外生まれと考える方が多いようです。ところがなんと、実用に耐える製品としてのシャープペンは日本生まれなんです!しかも、現在の大手電機メーカーの「シャープ」の創設者が発明者という、冗談のようなホントの話。(あ、上の文の答えがもう出ちゃいましたね。)それではシャープペンの誕生の歴史です。

この製品(復刻品)の詳しい説明はこちらを御覧下さい。

 

その発明者とは、早川徳次。明治生まれの金属細工職人、『錺(かざり)師』でした。彼は大正時代に、小さいながらも自分の店を持ち、日々商売に打ち込んでいました。(同姓同名で地下鉄の創始者の方がいますが、別人です。)

そんな21才のある日、彼は「繰り出し鉛筆」なるものを知ることになります。これは、ほとんど子供用のおもちゃの類で、太くて壊れやすく、材料もセルロイドの安物でした。(これが海外の製品だったらしいです。これをして、シャープペンが初めて作られたのは海外だとも。構造的な発明は海外、製品的な発明は日本ということでしょうか)  しかし、徳次は製品の質よりも、その類まれな「機構」に注目しました。安物ではありましたが、この時点で既に、基本となる「回転させることによって芯を出す」というアイデアは含まれていました。あとは通常の使用に耐えるように改良して立派な商品に作り上げるだけです。

ここで、『錺師』の彼の器用さと凝り性が発揮されることになります。持ちやすいように細くしたボディの中に精巧な仕掛けを施し、材料にもニッケルや真鍮など、充分見栄えのするものを使い、外側には螺旋状の溝を飾りとして彫ったのです。これにより、アイデアの元になった海外の繰り出し鉛筆を圧倒する品質で、徳次も大満足の「大人が使えるしゃれた筆記具」ができたのです。大正4年(1915)、彼は期待を込めて『早川式繰出鉛筆』と名づけ、勇んで売り込みに奔走することになりました。ちなみに初期に作られたものは、芯の太さは1.15mm。数件の特許が申請されたそうです。

しかし、いつの時代も全く新しい物には抵抗を示されるもの。最初は非常に不評で、全く売れませんでした。まだ大正初期の頃。和服の人も多く、舶来風のものにはまだまだ馴染めなかったのかもしれません。しかし、落胆する徳次の元に、突如大量の注文が入るようになりました。なんと、アメリカやヨーロッパなど、海外からの注文だったのです。国内より先に海外に認められてしまったのです。こんな話は色んな発明品でよく聞く話ですよね。

こうなれば国内の業者もほっとかない、というのもよく聞く話。あっという間に国内外で大ヒット!の商品になってしまいました。当時は「大正デモクラシー」「モボ・モガ」の時代が到来。「エバーレディーシャープペンシル」、後には「シャープペンシル」と改称された繰出鉛筆は、そこはかとなく異国の風を感じさせたのかもしれません。ちなみに「シャープペンシル」は和製英語です。海外では通じませんよ。正しくは「メカニカルペンシル」や、「プロペリングペンシル」だそうです。
後の1926年(大正15年)には、外国でも特許を取ることに成功しました。


『錺(かざり)師』としての技により、美しい模様が彫られた(写真は2003年の復刻品)

大ヒット後も徳次は改良を続けました。シャープペンのおしりにケシゴムを付けたのも徳次が最初でした。やはり偉大な発明家はすごいなあ、と思っていたら、ハサミ付きシャープペン、体温計付きシャープペンなど珍品も生産していたそうです(笑)。そして現在、回転式だった芯出しはノック式となり、様々な種類のシャープペンが世に出ています。

その後、関東大震災で妻子を失った徳次は、失意のうちに大阪の取引先に技術指導として身を寄せるようになりました。そのうち土地柄が気に入り、1923年(大正12年)の関東大震災から1年後、東成郡猿山村字西田辺(現在のシャープ本社所在地)に土地を借りて、「早川金属工業研究所」を設立しました。

新天地を得た徳次はラジオ、テレビの国内初の量産化、世界に先駆けた電卓の開発、と、持ち前のアイデアマン振りを発揮し、現在誰もが知っている大手電機メーカー「シャープ」を育てていきました。その社名には、もちろん、彼の飛躍のきっかけとなった、「シャープペンシル」の名が使われているのです。